ガラスの向こう側

フォトブログ★日々の暮らしの中でふと心に触れたもの

写真雑感

祭りを撮らない理由

最近は祭りの写真を撮らなくなりました。祭りそのものが嫌いというのじゃないけれど、どうもあの撮らされた感が気に入らないのです。それと個性の入る余地の少ないこと、被写体の主張が強過ぎて、私の写真スタイルから大きく離れていきます。まっ、要はあま…

ショーウインドーの前で

これを撮っていると、お店からスタッフの方が出てこられました。「撮らないで」と注意されるのかなと構えてると、なんとまあ、「夜もぜひ撮ってください。キレイですよ。」 と笑顔。とても爽やかな気分になりました。商業施設では、撮影禁止というところも多く、…

細心の注意を

これ、フェンスを越えての撮影なのですが、下には多くの人がいます。万一、カメラが落下したら、とても危険です。当然、重大な過失責任を問われることになります。自分が危険なのは勝手だけれど、他の人を危険にさらしてはいけません。ですから、こういった…

プラマイしてますか

少し陽が傾きかけてきた午後三時。青い壁に簾と影が寄りかかっています。ここは露出は抑え目にして、その光と影をしっかりと捉えなければいけません。いつもはプラス寄りにしている私の露出補正ダイヤルをぐるっと廻して、-1.7にして撮ったのでした。 えっ、…

現実のとなりに

GWなのに、暗い写真ですいません。ブログに日々写真を載せてると、多少変化も必要となります。作風というものがある以上、ある程度パターン化するのは仕方がありません。しかし、そんな中でも、少しは緩急がないといけないなと思います。自分の中の明と暗、…

心象写真について

心象写真とは、現実の風景やモノ(抽象的なものも含めて)に、自らの心の一部分を重ね合わせて、あるいは投影して、映像化したもの。かなり大ざっぱですが、私はそのように解釈しています。公園の水たまりにしばし心を奪われる、これもそれに属するのかなと…

色彩が語るもの

色彩というのはとても饒舌にその場の雰囲気を語ってくれます。もし、この場面が蛍光灯でグリーン味が強かったなら、全く違った情景になりますよね。さらに単色系なのも大切で、あまり多くの色を入れないということも重要だなと思います。

写真的観察力

盲導犬の訓練で難しいもののひとつが頭上の危険を察知するということらしいです。なるほど、自分よりも随分と背の高い人間が上の方でぶつからない様に配慮するということは、彼らにとって至難の業なのでしょう。少し内容は違うけど、 人間も平面的な観察に陥…

写真のタイトルについて

写真のタイトル何がいいですかねと相談されることがしばしばあります。タイトルは自分で考えるべきだとかの正論を説くのは面倒なので、成り行き上、一緒に考えたりします。でも、なかなかいい案が浮かびません。自身の写真だと、撮ったときのイメージが頭の…

想像に負う部分

すべてを簡単に理解できるよりも、想像に負う部分を残しておいた方がいい、そんな考えが私にはあります。それがうまい具合に収まるといいのですが、往々にして行き過ぎる傾向にあります。でも、それでいいのかなと思います。一枚では分からなくても、たくさ…

2015年を振り返って(11月)

【11月の未掲載作品より】・・・撮影時の記憶についてシリーズ「2015年を振り返って」、今日で最終回です。1月から撮ったものを見返して改めて思ったことですが、けっこうその時の気持ちやおおよその設定(絞りなど)を覚えてるものですね。特に丁寧に撮った…

2015年を振り返って(3月)

【3月の未掲載作品より】写真を評価するのには二通りあって、そのひとつは好き嫌いという基準。そして、もうひとつは自らの好みを排除して、純粋に判断するということ。多くの人はその前者だと思うし、それでいいのだと思います。好みを超えての評価が必要な…

自然のままがいい

先日、落ち葉の作品を見せてもらったときの話。それがあまりにもバランスよく散らばっていたので、もしかして、この葉っぱ、置いたのかなと疑問を持ちました。聞いてみると、置いたのではなくて、不要なものを取り除いたとのこと。完全に配置したのではない…

個性という名の独りよがり

最近、というか以前から、とてもへそ曲がりなことを考えています。よく、祇園の町角に舞妓さんがいたらとか、赤い傘の女性がいたらとか、あるいは、この青空にいい感じの雲があったらとか、言いますよね。それらはだいたい似たような内容で、揃ってどんどん…

撮影時に完結したいけれど

FUJIのセピアモードは少し派手な色調になります。そこで今回は、あえて後処理で色を変換することにしました。撮るときにするのか後でするのか、その前者への拘りはあるけれど、一番大切なのは撮影時にきちんとイメージできてることなんだと思います。けっし…

人物は端っこに

なんとも洒落てて、明るいお店のディスプレイ。でも、そのまま撮るのは癪なので、人物を配してやろうと思いました。しかも、普通に入れるのではなく端っこに半分だけ覗かせる感じ。そんなことを考えてるところへ、急にこのシーンにピッタリの女性が出現。慌…

ひとつのスタイル

ショーウインドーに映る街。ブログ「ガラスの向こう側」的定番写真です。"定番"という言葉はあまり好きではありませんが、この場合、仕方ありませんね。 by あまのじゃくフォトグラファー

一筋の道

ブログで大切なのは一貫性と多様性。そんな記事を見たことがあります。噛み砕くと、一本筋が通っていて、それでいてバリエーション豊か。なるほど、その通りだなと思います。でも、言葉でいうのは簡単ですが、これがなかなか難しい。古い京都の町並みとファ…

選択

この色彩3枚目。すべてなんばパークスで撮ったものです。この時期のキャンペーンカラーだったのでしょうか。やたら目にしました。画家と違い、基本的に撮り手は色を選べません。撮る対象を選択するだけです。でも、選んだ以上はすべてに責任があるのだと思…

Next

かつては、こういった場合、最適な人物を待つのがよい写真への秘訣みたいに思っていた時期がありました。でも、最近は全く逆。次に来る人物が若い女性ならば使える、でなければ没。そんな潔さが、街を撮るのには必要なことだなと思っています。

非加工

写真がデジタル化されてから、加工を前提に撮影する人と、あえて加工などせずに撮るときに完結させようという人とに分かれたように思います。どちらがよい悪いではなくそれは作家のスタイルの問題ですね。私は後者、できるだけその場で対象と向き合い、仕上…

個性について

写真を撮るという行為は選択の連続。構図、絞り、明るさ、WBなどなど。一つ一つの選択の幅は小さくても、それらが複数重なっていけば、その差は大きくなっていくのだと思います。それが個性なのでしょうね。*今回の写真とは関係なく、そんなことを思いました

クールダウン

昨日はGRDIIでラフに撮ってきました。ぶらしたり、ぼかしたり、歩きながら撮ったりと・・・・・こういった場合は一日おいた方がいいのでしょうね。そう、頭のクールダウンです。

中西敏貴氏「光の彩」

中西敏貴氏の個展「光の彩(HIKARINOIRO)」に行ってきました。タイトル通り、すべて光を強く意識した洗練された作品群。最初から最後まで程よい変化を伴いながら、丁寧に並べられていました。その中で、特に私が注目したのは一枚目。それはほぼ白一色で、他の…

中西敏貴写真集

今回は友人・中西敏貴氏の写真集の紹介をさせて頂きます。ウケようがウケまいがわが道を行くという私に対して、しっかりと万人ウケしつつ、個性をも求める中西氏。そんな彼のファースト写真集です。時に優しく、時に力強く、美瑛ならではの光をしっかりと見…

Bresson

久し振りに写真集を購入。決定的瞬間で有名なブレッソンの作品集です。さすがに、そのどれもが鋭い視点の見応えのある作品ばかり。一枚一枚丁寧に対象と向き合ってるという印象です。今回はそんなことを裏付ける記述を紹介したいと思います。 写真を撮るとい…

ギャラリー繭

小粒でピリリと辛い、ユニークなギャラリーが関西にはいくつかあります。京都ではここギャラリー繭がそんなののひとつです。正面から撮れば、雰囲気が一番よく分かるのですが、あえて側面から撮ってみました。京都らしいその佇まいはぜひ現地でご覧になって…

1ピース

時々、私は訳の分からない写真を載せると思われているようです。でも、本人は大真面目。自分としては必然性のあることなのです。ブログが数年かけて完成させるジグソーパズルのようなものであるとするならば、それぞれの作品はその中のワンピースだったりす…

モホイ=ナジ展

京都国立近代美術館に行ってきました。モホイ=ナジ/イン・モーションという催しものです。MOHOLY-NAGY。学生の頃、モホリ・ナギと教わりました。ドイツ語読みだとそうなるみたいです。モホイ・ナジというのは彼の母国のハンガリー読みかなにかなのでしょう…

森山大道写真展

国立国際美術館で開催されている"森山大道写真展 ON THE ROAD"に行ってきました。近年に撮られたカラー作品よりも、1960-80年代のモノクロ作品に強い感銘を受けました。当時の作品の荒っぽさの中にある繊細さ、そんなものに元々惹かれていました。それが今回…